2025.07.24 東北巡行:奥入瀬渓谷編(その2)
■ 奥入瀬渓谷に入る

さてここからは十和田湖ではなく奥入瀬渓谷について書いていくことになる。
すでに紹介したように十和田湖から流れ出ている河川は奥入瀬川ただひとつだ。 ここは十和田カルデラの外輪山の一部が山体崩壊を起こした跡だそうで、このとき大量の湖水が泥流となって深い谷を削りこみ、流された堆積物が現在の十和田市街地の扇状地をつくったと言われる。 崩壊の時期は約1万5000年前と考えられており、実は地質的にそれほど古い訳ではない。

奥入瀬川の始まり=十和田湖からの流出口はこんな状況だ。相変わらず水は透明で、水生植物はなく、泥の堆積もない。 川は橋の下を流れていく。

橋の下流側30mくらいまでは実質的に湖水面の延長みたいなもので流水感はない。写真奥の水路幅が狭くなったあたりから水の流れが可視化され、川が始まっていることが伺える。

この川筋に沿って、R103が十和田市街方面に向かって伸びている。 ここから先は、この国道に添って川を追いかけてみよう。
■ 子ノ口制水門

さて川の始まりからわずか300mほどで、制水門の標識があったので寄ってみた。
ここは奥入瀬川の流量を調整している水門だ。計画されたのは昭和12年で、十和田湖の限られた水資源を有効利用するために整備された。

これが水門本体である。季節毎、時間帯毎に流量を調整しており、夏季は昼間は毎秒5.56立方メートル、夜間は毎秒0.28立方メートルを流下させている。
この設定、令和の感覚でみればずいぶん中途半端な数字に見えるかもしれないが、これが決められたのは戦前なので、体積の単位は 「立方尺」 なのである。この単位で表現すると昼間は毎秒200立方尺、夜間は10立方尺となってキリのよい数値であることがわかる。
昼と夜とで20倍も流量が異なるのは、観光要素を考慮して人の活動時間帯に水を多く流したいという思惑によるらしい。 昭和12年10月5日付の奥入瀬川河水統制計画によると 「奥入瀬川ノ風致ヲ考慮シ」 とその理由が書いてある。この文書は当時の内務省、逓信省、農林省の合作だったが、富国強兵路線ばかりではなく風雅の心をもった担当者がいたというのが興味深い。

ともかく、この水門の存在によって奥入瀬川は一定の制御範囲内で水が流れるようになった。昼夜で随分な差があるものの、悪天候時でも極端な洪水が起こらないよう制御されている状態がもう80年あまりも続いている。 そしてこれが、奥入瀬川の特徴的な景観の維持に相当程度関係しているのである。 それを頭の片隅に置きながら、この先の風景を眺めてみよう。
■ 水辺に近い道路

さて水門を過ぎると本格的な渓谷の風景が始まる。 あたりはブナやクヌギなどの広葉樹の森だ。青森県は冷涼な気候ではあるけれど針葉樹林体は少なく、植生は落葉広葉樹が多数派だ。秋になれば紅葉が美しそうなところだな。

走り出して驚くのは、水面と道路面が恐ろしく近いところであろうか。こんな距離感で川辺に道路を通している事例を筆者はあまり見たことが無い。

そしてもう一つ驚くべきことに、この奥入瀬川には 「河原」 というものが存在しない。森の中をそのまま水が流れているという風体になっている。

これは水門によって水量がコントロールされている福音のようにも思える。上流域の十和田湖周辺に大雨が降っても川が極端に増水することはなく、水辺の植物は水没しないぎりぎりの位置まで繁茂できる。 これが奥入瀬川の独特の景観を生んでいるのだ。

そして水の暴れ具合が少ないことで、場所によっては路面と水面の高低差が30cmにも満たないような近接具合が実現している。 たしかにこれは、面白い。

道路を外したアングルで写真を撮るといかにも深山の渓流という感じになる。 実際には道路からほんの数メートルしか踏み込んでいないのだが(笑)、お手軽にこんな風景が見られるというのは観光要素としては強いだろうな。

しばし、水音を聞きながら遊歩道を散策してみた。
鳥の声と蝉の声も聞こえるけれど、水音のドォォォ…という響きのほうが遙かに大きい。ひんやりとした水煙が薄く漂っていて、足元にはシダと苔類がよく繁茂している。
ちなみに奥入瀬川の観光ピークは新緑の5月と紅葉の10月だそうで、この時期はマイカーの乗入れ規制がある(※)。 混雑期には路肩にクルマを停めて散策などということは出来ず、基本的に走り抜けるだけだ。その意味では、7月というのは混雑もなく緑も豊かで、筆者は良い季節に来たといえそうだ。
※現在は混雑時のみの規制だが、西側に迂回するバイパス工事が進んでいて、これが完成すると奥入瀬川添いの一般車の通行は禁止されてしまう計画らしい。

そのまま森林浴的な 「ネイチャー!」 を満喫しながらウロウロしてみた。 とはいえあまりクルマから離れすぎるのもアレなので、適度なタイミングで偵察から引き返してくると、橋の袂(たもと)で第一村人?を発見した。
なかなか健脚そうな兄ちゃんで、自撮りのアングルが決まらないので撮ってもらえませんかというのでいくらか協力。 「ヒャッハー!」 なポーズを決めていたところをみると、SNSにでも投稿するつもりなのだろう。 楽しそうで何よりだ。
時計をみると時刻は午前07:30を過ぎたあたり。 見ればちらほらとクルマが通り過ぎていくようになっている。 奥入瀬の観光が動き出すのは、このくらいの時間帯のようだ。
■ なんとなく流していく旅路
さてここからは個別の名所めぐりというよりは適当に撮った写真を並べていきたい。 道すがら 「〇〇の滝」 などという標識がいくつもあるのだが、すべてを追いかけるわけにもいかないので雰囲気だけ味わって流していこう。
ところでこれら途中で遭遇する滝はみな奥入瀬川の支流の合流口で、本来はもうすこし穏やかな流れであった筈のところ、奥入瀬渓谷誕生時に急激に深い谷が形成されたために段差部が滝となったものらしい。
Mapに書き出してみると支流は目立つものだけで10本ほどあり、子ノ口制水門の制御をぶっ飛ばすくらいの水量が中途流入しているようにみえる。

見ればたしかに滝の合流のお蔭で子ノ口付近に比べると川の水量は増している気がしないでもない。

川面と路面のフラットさは相変わらずだ。 もうほとんどゼロ水準のような感じで、これでクルマが水没することなく走れるというのは驚異的ですらある。 よくもまあ、こんな環境が成立したものだな。
<つづく>
















